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20130717

バラエティ番組で、漢字の送り仮名や書き順のクイズをやっていて、でも私たちが習ったものとは「違う。。」「おかしい。。」と、間違えるたびに思うわたしでしたが。。もうすぐ夏休みですね。夏休みには、漢字をノートに10回ずつとか、一行ずつとか、書き順通り一画ずつマスを埋めていくような宿題があり、難儀でした。時間もかかり本当に面倒だったけれど、そのお陰で凡そ漢字等は上手にかけてるのじゃないかと思います。ではなぜクイズは。。

このあたりなんとなく思うところがあって、丸山才一さんの「桜もさよならも日本語」というのを読んで、戦後の日本の日本語(教育)改革に関係するんじゃないかと思ったりします。私たちの頃はもう漢字の送り仮名や書き順はもしかして落ち着いていたのかもしれないけれど、でも、いつの当用漢字を勉強したか、クイズにはどの國語辞書、漢字辞書が採用されているかによって、書き順や送り仮名は変わってくるのじゃないかなと訝しんでいます。

大ざっぱにいうと、大昔、日本古来の文字はなく、中国から伝わってきた漢字を使っていて、そのあと大和言葉、日本独自のかな文字が出来てきて、その後だだっと飛んで(このあたり知識がないのですいません)、戦後に日本語改革の提案がなされて、当用漢字の制限や歴史的仮名使いの廃止やさまざまなことが進んで(このあたりわたしの知識では説明不足なので、インターネットで調べていただくか、丸山才一さん、福田 恒存さんなどの著書を読んでいただくと良いかと)今に至ります。

漢字が簡略化されたことで文章に親しみやすくなった、というのはあるんだろうか。わたしは昔の書き物への苦手意識があり、見た瞬間に脳が逃避して文章全体が頭に入ってこないことがあるけれど、好きな詩人が書いたものなどであれば、赴き深い。。と感じ意外と読めたりします。昔出版された小説を読んでいて、相互の関係性から自然に今の漢字と置き換えて読めたり、歴史的仮名使いも意識せずに読めたり(書き分けはできないけど)するのは、繰り返し読むことで自然とある程度学習してしまうものだから。なので小さい頃からそれが当たり前と思って勉強していれば、制限を加えなくても案外だいじょうぶだったのかも。まあわからないけれど。

なんで「地上(チじょう)」なのに、「地面(ジめん → ヂめんで良いじゃないか!)」?
とキーボード変換において愚痴を言い続けてるのですが、戦後の日本語教育改革の影響でしょうか??

ところで、ひとの名前にもそういう影響があったりするのかな。
訓読み勢力が盛り上がったり、逆に音読み系が増えたり。
わたしの名前は(むつみ)なので、これはどちらも訓読みです(本名の「み」は「美」なので)。家族もほとんどそうです。大和ことばにはやわからな印象があり、中国から伝わったものを貴重にした音読みの場合、すさっとした率直な印象が。今外国からの影響が強い時代なので、両勢力ある意味でいい勝負かも。

国語の教育、改革って大変な問題ですよね。

at 01:17, nomi, かんしょう日記

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